一生を捧げられる仕事など見つけなくていい

大きな事故や病気から回復しての再挑戦、
または、退職後の起業、転職などなど…

セカンドチャンスに対しては何故か「次こそは!」と意気込んでしまいがちです。

なんとか成功しようとして、充実した人生を送ろうとして、100%情熱を注げるものを探そうとすると、逆に動けなくなります。

 

例え運良く、自分の情熱を100%注げる仕事を見つけたとしても、その仕事に需要が無かったり、タイミング的に世間が受け入れなかったりすればどうなるでしょうか?

自分がやりたいことと、やっていることがマッチしていたとしても、上手くいきませんよね。情熱も資金も空回りして、最後にはエンストしてしまいます。

もちろん、100%情熱を注いできたわけですから、3度目のチャンスへと歩み出すエネルギーも多くはないでしょう。

 

ではどうすればいいでしょうか?
情熱を注げる仕事など、初めから求めるべきではないのでしょうか?
お金だけにフォーカスすべきなのでしょうか?

 

もちろん、お金も情熱も大切です。
でも、「社会が必要としているかどうか?」がもっと大切です。

自己満足と社会のニーズとに接点があればいいですが、そうでなかったのであれば、いくら情熱が注げることであっても、辞めましょう。

キレイごとはいくらでもいえます。好きなことだけ追求していけば、いつか価値を見出してお金を支払ってくれる人があらわれるかもしれません。でも、本当にそうなるかは誰にもわかりませんし、何年先になるかもわかりません。

なので、「セカンドチャンスは情熱を100%注げるものにしか手を出さない!」と決め込むよりも、『”自分”を有効活用できる分野で、社会貢献できること』に情熱を注ぐ。と切り替えましょう。

嫌いなことでもやれ!といっているわけではありません。「自分を”有効活用”できる分野」なわけですから、好きなことか得意なことでないと、有効活用できませんよね?

 

好きなこと or 得意なことと、社会のニーズが重なるところに注力するということです。

 

100%自分の情熱優先では、社会は振り向いてくれません。
100%社会のニーズ優先では、自分が積極的になれません。
バランスが必要です。

このバランス感覚をもってセカンドチャンスに挑めば、例え失敗しても次のチャンスにすぐ飛びつけます。成功すれば、それはそれでますます打ち込んでいけます。

 

つまり、上手くいくかどうかわからないものに対して、『これしかないっ!』と意気込んでしまうのは、得策ではないということです。

 

もちろん、新規事業を立ち上げるときには狂気的なエネルギーも必要になるときもあるかとは思います。でも、毎回人生をかけて挑戦していたら死んでしまいます…

適度な距離感をもってモノゴトに当たるからこそ、視野狭窄にならず、環境に合わせて柔軟に変化して、対応していくことが出来ます。環境に対応できたものが、最後には生き残ります。

 

自分自分でも、社会社会でもなく、自分と社会。このバランスが整っていれば、とりあえずゴーサインを出す。

 

100%情熱を注げるものが見つかるまで動けないでいるより、この繰り返しで素早く失敗し、経験値を得て次のチャンスに挑戦していく方が、最終的に成功する確率は高まるのではないでしょうか?